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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3043号 判決 1963年1月19日

原告 橋本登四男

被告人 前田幸次郎

主文

1、被告は原告に対し、金四〇、〇〇〇円を支払え。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は一〇分の九を原告の一〇分の一を被告の負担とする。

4、この判決は仮に執行することができる。

5、被告において金四万円を担保に供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

第一、原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金五八〇、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、

その請求の原因として、

一、原告は、昭和二二年一二月、別紙目録<省略>添付図面(A)(B)(ハ)(ロ)(A)を結ぶ線内の土地三〇坪(以下本件宅地という)を、その地上にある建物を被告から買受けるに際し、その賃借人である被告より、土地所有者の承諾を得て転借した。

二、ところが被告は、右事情を十分承知していながら故意に、

(一)、昭和二七年六月、本件宅地のうち、別紙目録記載(二)の土地一〇坪(別紙目録添附図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)を結ぶ線内)につき、土地の権利金として坪金七、〇〇〇円の割合による金員を支払えと強要し、同年七月頃、原告が右地上に浴室を建築する際、その工事に従事中の大工に対し、自分に無断で仕事をするなと威圧的な言辞を用い、更に同年八月二一日には、遂に、原告宅表通りに面した部分の、モルタル塗の改装工事をなしていた前記大工を脅迫して、その工事を中止するの已むなきに至らしめ、翌二二日、原告宅敷地内に侵入して、右工事のために設けられた足場の内側に長さ約三間、高さ約一間の板塀を作り、「どなた様も事が決るまで出入しないで下さい、前田」と記した板を打ちつけ、工事の妨害をした。

このため原告の営業とする眼科医の患者が減少する等甚大な被害を蒙つたので、原告は已むなく、昭和二七年八月二五日、東京地方裁判所に「被告は前記板塀を除去すること、被告の前記敷地内への立入および原告の土地使用に対する被告の妨害行為を禁止する」旨の仮処分を申請し、翌二六日、同裁判所より同旨の決定を得てその執行を終つた。

(二)、然るに、被告は、昭和二八年一二月頃、原告に対し、左記の如き虚偽の事実を請求原因として、前記一〇坪の土地上に存在する建物の収去とその土地の明渡を求める訴(東京地方裁判所昭和二八年(ワ)第一一三四四号事件)を提起し、原告は応訴するの已むなきに至つたが、昭和三四年六月一二日原告全部勝訴の判決があつた。

右訴訟における被告の請求の原因は次のとおりである。

「被告は、本件土地のうち別紙目録記載(二)の土地一〇坪を除く目録(一)の二〇坪の土地の賃借権を原告に譲渡したが、右一〇坪については、昭和二三年五月、その賃借権を、将来原告に譲渡する旨の予約をなし、原告が右賃借権譲渡の対価を支払いうるようになるまでの間、一時的に、その使用を許諾したにすぎない。ところが、原告はその後右譲渡代金の提供をしないので、昭和二七年八月五日、被告は原告に対し右賃借権の時価坪金七、〇〇〇円を支払うよう、もし支払わないときは右賃借権譲渡の予約を解除する旨通告したが、原告は右代金を支払わないので、予約は解除された。」

(三)、被告は、更に、前記判決に対し控訴したが、(東京高等裁判所昭和三四年(ネ)第一、四二六号事件)、昭和三五年一二月二〇日、被告の控訴を棄却する旨の判決が言渡され、その判決は昭和三六年一月一〇日確定した。

三、以上の如き被告の諸行為により、原告は次のとおりの出費を余儀なくされ、又、精神的苦痛を蒙つた。

(一)、前記仮処分手続遂行のため、弁護士竹内静三、同竹内三郎の両名に訴訟代理を委任し、着手金謝金合計金二〇、〇〇〇円を両名に支払つた。

(二)、前記被告の提起した訴に応訴し、第一審のため、昭和二九年九月頃、弁護士持下実馬に訴訟代理を委任し、着手金、費用合計金三〇、〇〇〇円を、昭和三三年一月、更に、弁護士野村雅温に訴訟代理を委任し、着手金として金三〇、〇〇〇円を、昭和三四年六月、勝訴による成功報酬として右持下弁護士に金三〇、〇〇〇円、野村弁護士に金五〇、〇〇〇円をそれぞれ支払つた。

(三)、更に、その頃、第二審における応訴のため、着手金として、右持下弁護士に金二〇、〇〇〇円、野村弁護士に金五〇、〇〇〇円を、勝訴した成功報酬として、昭和三五年一二月末頃、持下弁護士に金二〇、〇〇〇円、野村弁護士に金三〇、〇〇〇円をそれぞれ支払つた。

(四)、原告は、昭和一四年三月、日本医科大学を卒業と同時に医師の免許を取得し、爾来南千住で眼科医を開業、荒川医師会において監事等の役員をしていた者であるが、被告の前記諸行為により、名誉と信用を毀損され、患者も減少し、蒙つた精神的苦痛による損害は甚大である。

四、よつて、原告は、被告に対し、原告が支払つた弁護士報酬の賠償として合計金二八〇、〇〇〇円と精神的苦痛に対する慰藉料として金三〇〇、〇〇〇円を合せ、総計金五八〇、〇〇〇円の支払を求める。

五、仮に、被告に故意がなかつたとしても、被告は自己に明渡請求権があると誤信したもので重大な過失がある。即ち、被告は当初より本件宅地の全部三〇坪について賃料の支払を受け、これに対し、その都度領収書を作成しているのであるから、この事実を忘却し、前記一〇坪の土地については賃借権譲渡の予約が存するものと信じて前記諸行為に出たとすれば、当然調査によつて知り得べき事実を不注意によつて黙過したものである。と述べた。

第二、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因事実のうち、被告が、本件宅地の賃借人であること、仮処分命令を受けたことおよび原告に対し原告主張の如き請求原因をもつて建物収去土地明渡請求の訴を提起し敗訴したことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二、前記一〇坪の土地について被告が原告主張のような訴を提起した請求の原因は、被告は昭和二二年一二月六日に荒川区南千住町六丁目一二六番所在の建坪一二坪の建物を敷地二〇坪の賃借権と共に代金一七万円で原告に売却し、原告は昭和二三年三月頃から右建物に居住するようになつたが、同年五月頃訴外磯くらを通じ、隣接する別紙目録記載(二)の土地一〇坪をも借りたいと被告に申入れた、そこで被告は右土地の借地権を原告に譲渡することにしたが、当時原告は前記代金一七万円の割賦弁済が未了であつたので、一〇坪の権利金が支払えるようになつたときにその当時の時価でこれを譲渡する旨の予約を結んだ、原告は右予約に基き同年六月頃から右一〇坪の土地も使用し始めたものである。従つて右予約を解除したことを理由としての被告の訴訟提起は権利行使であるから不法行為とはならない。又被告には原告の権利侵害につき故意又は過失がないから不法行為とはならない。

三、なお、右土地につき、被告が原告に請求した借地権譲渡の対価は、坪当り金三、〇〇〇円である。と述べた。

第三、証拠<省略>

理由

一、被告が、本件宅地三〇坪の賃借人であり、そのうち別紙目録記載(一)の土地二〇坪を原告に転貸したこと(被告は土地賃借権を原告に売つたと主張するが成立に争ない甲第六号証の一ないし四によればその後も右土地の賃料は原告から被告に支払われているから転貸と見るべきである。)原告主張のような仮処分命令が執行されたことおよび被告が原告に対し別紙目録(二)の土地一〇坪に関する建物収去土地明渡請求訴訟を起し敗訴したことについては、当事者間に争がない。

二、成立に争がない甲第八号証および原、被告本人尋問の結果によれば、昭和二七年八月二二日に被告が、原告に転貸した土地であることは争のない別紙目録(一)記載の土地の内に原告に無断で侵入し、原告の家の表通りに面した部分をモルタル塗に改装するために組まれた足場の内側に長さ約三間高さ約一間の板塀を作り「どなた様も事が決まるまで出入しないで下さい。前田」と書いた板を打ちつけて前記の工事を妨害したことが認められる。原告の借地内に無断で侵入し、原告の工事を妨害をした被告の右行為は故意になされた不法行為であるというべきである。しかし、当時原告が施行していた浴室建築工事に対し被告が不法に大工を威圧したと認めるに足る証拠はない。

以上のとおりであるから、被告の作つた板塀を除去するために原告がその主張のような仮処分申請をし、同月二六日その執行をなしたことにより生じた損害及び被告の右不法行為によつて蒙つた精神的損害は被告に賠償の責任があるものと解する。

三、次に原告の主張する被告の前記訴提起行為が違法なものであるか否かについて判断する。成立に争ない乙第一、二号証、証人前田志づゑの証言および被告本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。

被告は別紙目録(一)記載の二〇坪の土地を、昭和二一年頃、訴外中村徳太郎に転貸したが、同二二年、その地上の建物を右訴外人から買受け、同時に右土地の賃借権の返還を受けた。同年一二月、被告は被告夫妻がかねてから恩義を受けていた訴外磯カツジ、くら夫妻の娘とし子が結婚するために、右建物を買受けたいという磯くらの申入れに応じ、とし子の夫となる原告に右建物及びその敷地二〇坪の賃借権を金一七万円で売り渡した。右売買代金額は訴外中村徳太郎から被告が買受けた金額に利得するものがない程度のものであつた。昭和二三年三月八日原告は本件建物に居住し、翌日、とし子と結婚したが、間もなく二〇坪では狭いというので磯くらから被告に対し更に一〇坪借り増して欲しい旨の申入があり、別紙目録(二)の土地を借り増しすることになり直ちに原告側ではこれを使用するに至つた(但し本件土地の周囲は垣根もなく地続きの空地は耕作されていて外観上その区画は不明確であつた)。しかし、当時原告は開業した許りで、金一七万円の代金の支払も磯くらが原告の為に立替えて被告に割賦弁済をしているときでもあり、被告は磯くらと前記のように親しい間柄であつたので、一〇坪の土地の賃借権の代償即ちいわゆる権利金については別に被告と磯くらの間には協定がなされないまゝ、原告は昭和二四年以降被告に対し本件土地三〇坪分の賃料を支払つてきた。ところが昭和二五年一〇月に磯くらの娘とし子が死亡し、原告と磯一家との間が不和になり、一方原告の眼科医としての事業も軌道に乗るに及び、被告は前記一〇坪についての賃借権の権利金として坪当り金三、〇〇〇円の割合の金員の支払を原告に請求するに至つた。しかし、原告がこれを拒絶したので、被告は田中栄蔵弁護士に右事件の処理について委任した結果同弁護士により、原告に対し坪当り金七、〇〇〇円の権利金の催告及び右不払による借地権譲渡の予約の解除がなされ、更に右解除を理由として前記一〇坪の土地の明渡の訴訟が提起されるに到つたことが認められる。

右事実によれば、被告は本件一〇坪の土地を原告に転貸することを承諾し、これを原告に引き渡し、以来その賃料を受け取つているのであるから、当事者間においては右転貸借契約は既に完全に効力を発生したものというべきである。しかしながら被告本人尋問の結果によると被告は土地を転貸した場合にはその代償として当然権利金がとれるものと考えていたこと被告は大工で法律の知識に乏しいことが認められるところ、被告は前記認定のように一〇坪の土地の権利金を原告に請求して拒絶されると弁護士にその解決方を委任しているのであるから、その後の権利金不払を理由とする賃借権譲渡の予約の解除という現行法上勝訴の見込のない被告の主張は、専ら同人から法律上の解決を依頼された田中栄蔵弁護士の法律構成によるもので、法律上の知識のない被告の考えによるものではないと見るのが相当である。ところで土地の賃貸借契約において権利金の授受は原則として禁止されているとはいえ社会の取引の実情においては土地の賃貸借に際し権利金の授受の行われるのが通常であることから推して、被告が前認定のように本件一〇坪の土地について原告に対し権利金を請求する権利があると考えたことは法律上の知識の乏しい被告として必ずしもこれを咎めることはできないと考える。とすれば被告が原告に対し前記の訴を提起した行為は、原告に対し本件一〇坪の土地の明渡請求権がないことを知つてなしたとはいえない許りか、これがあると考えたことについて過失があつたとも考えられないので、被告の訴提起行為は不法行為としての故意、過失の要件を欠く許りでなく、その違法性をも欠くものというべきである。

ところで、弁護士のような専門的な職業に従事する者は、依頼者の指揮監督に服するものではないと解するのが相当であるから、被告を使用者とし、田中弁護士を被用者として、被用者の過失を理由として、被告に対し民法第七一五条の責任を問うこともできないと解すべきである。

よつて、前記訴訟を提起するに至つた事件の法律構成が、被告の依頼した田中弁護士の判断によるものであつても、被告にその責任はないというべきである。

いずれにしても被告は前記訴提起行為につき不法行為上の責任を負うものではない。

三、そこで、原告の改装工事に対する被告の妨害行為によつて原告の蒙つた損害について判断する。

成立に争ない甲第八号証によれば、原告は、右被告の行為によつて、仮処分の申請を余儀なくされ、ために弁護士竹内静三および同竹内三郎両名に手続を委任し、着手金、謝金として合計金二〇、〇〇〇円を支払つたことが認められる。又原告本人尋問の結果によれば、原告は本件土地において眼科医を開業していたこと、被告の板塀設置や掲示板によつてその対外的信用を害され精神的苦痛を受けた事実が認められる。しかし前記のように右板塀等が仮処分の執行により四日許り後には徹去されたこと、右不法行為後本件訴提起までに既に八年余を経過していること等から考え原告の受けた精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇、〇〇〇円を相当と考える。

よつて、被告は原告に対し原告の支払つた弁護士報酬の賠償金二〇、〇〇〇円と右慰藉料金二〇、〇〇〇円との合計金四〇、〇〇〇円を支払う義務がある。

四、原告の被告に対する本件請求は右認定の限度において正当であるとしてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三渕嘉子)

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